gloopsの発展の立役者

gloopsという株式会社について、その名前を聞いたことがあるでしょうか。会社名については知らないという方であっても、そのサービスについては知っているという方もいらっしゃるかもしれません。このgloopsはソーシャルゲームである大召喚!!マジゲートや、大熱狂!!プロ野球カード、あるいは渋谷クエストなどの開発や運営に携わってきた会社です。ここでは、そんなgloopsという会社について、創始者であり運営者でもあった梶原吉広の経歴と合わせて紹介します。

元々この梶原吉広という人物は、服飾を目指して活動を行っていた人物だといいます。ファッションデザイナーを目指し服飾専門学校に入学していますが、専門学校の卒業生がショップ店員になる人が多いということから、ファッションデザイナーへの道を諦めており、東京に出て別の会社の経営に携わるようになりました。そういった中で梶原吉広が友人たちとともに作り上げたのが、グローバル・メディアソリューションという会社でした。この会社は前述したgloopsの前身となった会社であり、当初の資本金は300万円とそれほど高いものでもありませんでしたが、広告代理店としての活動が中心になって行われていました。

梶原吉広と友人たちの経営センスもあり、3年間程はこの広告代理店としての経営を順調に進め業務を拡大していました。しかし、そういった中で世間にSNSの流行が訪れます。梶原吉広はこのSNSの流行が大きなポイントとなっていると考え、このSNSに馴染むようなサービスを提供できないか、ということでSNSサービスを開発し始めることになりました。

この時梶原吉広は、広告代理店として得た多くをこの分野につぎ込んでおり、上手く行かない初期については非常に苦しい思いをした、というようにも語っています。しかし、同時にそういった中でインターネットの持つ力というものを再確信するにいたり、そうした中で生み出されたのが渋谷クエストというゲームでした。

この渋谷クエストはソーシャル性の高さもあり多くの人に流行するようになり、30万人という会員数を数日で集めることに成功しました。ただ、これほどまでに多くの人が集まることを想定していなかったということもあり、サーバーダウンを引き起こすなど、トラブルも多かったというように梶原吉広は後に語っています。こうして、梶原吉広とgloopsが発展していくことになりました。

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